「今週のAIでいちばん大きかったのは、AIが100万ドルの数学の難問を解いたことでしょ?」そう思ってる? 大きさならそう。でも週末になっても私の頭から抜けないのは、証明のほうじゃない。そのあとに数学者たちが書いた文章だ。
12時間差で、2本の発表が並んだ
9月8日、OpenAIが発表した。社内のモデルが、流体の動きを表すナビエ・ストークス方程式について、滑らかな外力を加えると有限の時間で解が壊れる例を作った、と。クレイ数学研究所が100万ドルを懸けてきたミレニアム問題のひとつだ。
その約12時間前に、NYUのTristan BuckmasterとAnthropicのLevent Alpögeが、近い結果を3本公開していた。
Buckmasterは論文と一緒に、4ページのPDFを大学のサイトに置いた。本人が「誰かを告発しているのではない」と断っている文書で、芯は、9月3日から発表までの数日間にOpenAIとの間で誰が何をいつ言ったかの時系列だ。水曜に書いたのは、ここまでだった。
3日かけて、説明のほうが狭くなった
彼がいちばん気にしていたのは、プロジェクトの下書きを全部OpenAIのCodexに入れていたことだった。あれは使われたのか。
答えは出た。ただ、形が3日かけて変わっていく。
9月8日朝の最初の発表では、公開前に彼らの仕事は見ていないし、この問題を解くのに特定のユーザーデータにもアクセスしていない、と書いている。そのすぐ後ろに一文が付いている。可能性は低いが、彼らが自社製品を使ったことから得られた匿名化済みのデータが、モデルの改善に寄与した可能性は否定できない(The Next Web)。
9月9日の夜には、この2か月のCodexのプロンプトが影響することは学習も含めて断定的にあり得ない、という言い方になる。9月10日の深夜には、調査の結果、影響を与え得なかったことを確認した、に変わる。
Wikipediaには今、「ユーザーデータの再利用に関するOpenAIの主張の時系列」という見出しの節がある(Wikipedia)。一週間前には、この項目そのものが無かった。
2人目は、功績の話をしていない
9月9日、別の数学者が出てきた。TU DresdenのAndreas Thom。彼の訴えは順番争いじゃない。
OpenAIが別の未解決問題を解いたと発表したとき、その道筋は、彼と共同研究者が数か月ChatGPTと相談してきたものに近かった。彼はOpenAIの研究者にメールを書いて、2つ聞いた。あの会話は学習データに入ったのか。解く過程から参照できたのか。
返ってきた答えは一行だった。「あなたのChatGPTでの会話については、それは起きていません」。彼はこう書いている。自分は別々の2つを聞いたのに、読み返すと、この答えは片方にしか答えていないように見える、と(Andreas Thom)。
そして25人が、連名で書いた
9月11日。ここが抜けない。
フィールズ賞の受賞者25人が、連名の文章を出した(Math and AI)。Pierre Deligne、Peter Scholze、Maryna Viazovska、Terence Tao。この分野の最高の賞を取った人たちが、25人まとめて名前を並べた。
芯はこの一文だ。AI企業の目標と、数学界の目標は、深刻にずれている。
理由の書き方が具体的で、読むと手が止まる。有名な問題は長いあいだ灯台だった。解けたということは新しい着想が出たということで、その着想を仲間が何年もかけて話し、削り、最後は学生が読める教科書になる。問題を解くのは道具であって、本当の目標は理解のほうだ。真偽を判定した文を速く大量に積み上げることは、その芽が育つ土を痩せさせかねない。そして急いで出される解答には、きちんと書き上げる時間も、新しい手法を取り出す時間も、先行研究を引く時間も残らない(Terence Tao)。
文章は数学の外にも手を伸ばしている。多くの仕事で、長い訓練は答えを出すためだけにあったんじゃない。理解と、次の問いを立てる力を育てるためにあった。その2つが、いま切り離されつつある。
静かなほうの数学者もいた
念のため書いておくと、AIに先を越された数学者はもう1人いる。火曜に書いたKevin Buzzardだ。先週の9月4日、フェルマーの最終定理の形式化を率いていた本人が、Claudeに11日で追い抜かれた。彼はブログに「Anthropicに先を越された」と書いて、驚くほど落ち着いていた。
同じ「AIに追い抜かれた」なのに、片方は落ち着いてブログを書き、片方は4ページの文書を書いた。差はモデルの速さじゃない。追い抜いた側が、そのあと何をしたかだ。
全部の起点
最後にこれを置いておく。
Sam Altmanが9月8日に書いている。先週ネットに、Anthropicのモデルがミレニアム問題を解いたという噂が流れていたのは本当で、うちのモデルでもできるか気になってやってみた、と(The Next Web)。
長く動かなかった問題と、4ページの声明と、フィールズ賞25人の連名。その全部の手前にあったのは、噂と、気になった、だった。
参考・引用記事
- Declaration(Math and AI)
- A Severe Misalignment of AI in Mathematics(Terence Tao、2026年9月11日)
- OpenAI's Bubeck denies trying to cut Anthropic mathematician from credit(The Next Web)
- Navier–Stokes priority controversy(Wikipedia)
- I want to record a number of points...(Andreas Thom、Mathstodon)
- OpenAI just wants to win(The Verge)
- After Math(Terence Tao、ゲスト投稿)
