「AIが科学的な発見をしました」。その手のニュース、もう何度も聞いたでしょ? そう思ってる? 今回のは、発見そのものより、発表した側が自分で添えた数字のほうが面白い。同じ手順を10回やり直して、成功0回。それを隠さずに書いてある。
前回の記事で、Anthropicの言う「速度を整える」は出す間隔の話じゃなかった、と書いた。Dario Amodeiのエッセイには、条件がもう1つ付いていた。そうして得た時間を賢く使え、と。その「賢い使い方」の中身が、昨日、実物で出てきた。
課された仕事は「相棒のタンパク質を探せ」だった
9月23日、AnthropicがClaudeによる新しい酵素の一群の発見を発表した(Anthropic)。場所は、9月18日に存在が確認されたばかりのベイエリアの生物学ラボ。今年の春にできた。
やらせたことは、地味に聞こえる。逆転写酵素という、RNAをDNAに写し取る酵素がある。その遺伝子の隣に、いつも決まって並んでいる別のタンパク質の遺伝子を探せ。誰も報告していない組み合わせを見つけろ。指示はそれだけだった。
規模がすごい。19億あまりのタンパク質のまとまりを当たって、逆転写酵素を約20万のかたまりに絞り、9つの種類に分けた。そこから約1万1千か所を抜き出して、隣に繰り返し現れるタンパク質の家系を3,564個まで数え上げ、条件で16個に絞った。エージェントは作業中に気づいたことから自分で98個の追加の課題を立てて、そのうちの1つが17個目の候補を引っ張り上げた。合計119の課題、949回のセッション、21時間半、2億1,560万トークン。人間の介入は無し(プレプリント)。
で、面白いのはここから。見つかったものは、探せと言われたものじゃなかった。
エージェントたちは、候補のタンパク質を数える作業の合間に、「この逆転写酵素、なんか変だな」と思った個体そのものにも印を付けて、別の担当に回していた。そこから新しい系統が3つ出た。そのうちの1つが、今回の主役だ。しかもその決め手は、タンパク質じゃない。遺伝子の手前にある、何のタンパク質にもならない、ただのDNAの並びにあった。
命令はタンパク質の遺伝子を見ろ、だった。答えは、見ろと言われていない場所にあった。
2,900文字の生のDNAを、道具を使わずに読んだ
プレプリントには、そのときのログがそのまま載っている。これが今日いちばん気に入った部分だ。
担当のエージェントは、ある系統の逆転写酵素の手前に、やたら長い「何も書かれていない区間」があることに気づいた。中央値で940塩基。そこで、その周辺のDNAを2,900文字ぶん、生のまま自分の手元に取り寄せる命令を出した。
その次のログが、これだ。道具の呼び出しは1回も挟まっていない。
「L0050の脇が見事だ。目で見て分かる縦列の繰り返しの並びがある。『CATGTGTATCGCATGTT』と『CATGTGTTTCGCATGT』が何度も繰り返していて、間は100〜180塩基ずつ空いている。これ、CRISPRみたいな、あるいはmsDNAみたいな繰り返しの並びじゃないか?!」(プレプリント、原文は英語)
ACGTの羅列をそのまま視界に入れて、「見えた」と言っている。解析ツールに投げたんじゃない。
そのすぐあとの思考の記録も載っている。ここが好きだ。以下は原文を要約して日本語にしたものだ。
待った、考え直そう。ファージの逆転写酵素のすぐ手前に繰り返しと間隔の並び。これ、最近報告されたあの系統の構造そのままじゃないのか。2024年から25年にかけて、繰り返しの並びから伸ばしていく酵素の論文があった気がする。あの研究室の論文にもあったかもしれない、いや違うか。正直な進め方はこうだ。まず数字で特徴を押さえて、それから正確な言い方で「既に誰かが書いてないか」を潰しにかかる文献検索をやる。
見つけた瞬間に、自分で疑いにかかっている。そして実際、担当は繰り返しを数える小さなプログラムを自分で書いて、1か所で16塩基の繰り返しが14回、100〜200塩基の間隔を空けて並んでいることを確かめた。文献を当たって、既出のどれにも当てはまらないと確認した。そこで初めて人間に報告を上げている。
AnthropicはこれをART(並びを伴う逆転写酵素)と名付けた。感染したファージの中では、この並びから出てくるRNAが、感染15分の時点でファージ全体のRNAの最大8%を占めていた。かなり目立つ存在だ。CRISPRのゲノム編集を切り開いたひとりであるMITのFeng Zhangは、プレプリントを読んだうえで「AIエージェントが生物学の発見に貢献できることを示す、わくわくする例だ」と寄せている(Anthropic)。
ただし、何をやっている装置なのかは、まだ分かっていない。酵素が実際に働くことも、そのRNAに対して働くことも、まだ示せていない。Amodeiも、この発見は他の人たちの仕事の上に乗っているし、スタンフォードのチームが以前に似たところのある系統を報告している、とXに書いている(TechCrunch)。そこは正確に置いておく。
10回やり直して、0回
ここからが本題だ。
Anthropicは自分でこう問うている。この発見は、自分たちの仕組みの中で再現するのか。だから、まったく同じ指示で同じ調査をあと10回走らせた。
結果。ほとんどの回で、ARTのある場所そのものは候補として拾えていた。2回は、その系統を追加調査の対象にまでしていた。でも、逆転写酵素の手前のDNAを読みに行った回は、1回も無かった。繰り返しの並びは、10回全部ですり抜けた。理由については、探索範囲が広すぎることと、仕組みの振る舞いが毎回同じにならないことを挙げている(プレプリント)。
発見できる能力が無かったわけじゃない。それは別の試験ではっきりしている。
ARTの配列をそのまま手元の文脈に入れて「これを説明しろ」とやると、上位のモデルは9割以上の確率で並びを正しく言い当てる。ところが、ファイルと道具を渡して「自分で調べろ」に変えると、正解率は低いところで32%まで落ちる。理由を追ったら、単純だった。ファイル越しにやらせた試行の39%は、200塩基以上つながったDNAを最後まで一度も読んでいなかった。繰り返し1個ぶんすら視界に入っていない。読んだ試行に限れば、正解率は16〜32ポイント上がる。読む量を増やしていくと、4つのモデルをまとめて29%から76%まで、Mythos 5単独では96%まで上がった(プレプリント)。
つまりこうだ。見れば分かる。ただ、見に行かない。
今回の発見は、たまたま見に行った1回だった。
これ、「AIは科学ができるのか」という問いの形を変えてしまうと思う。能力の話じゃなくなっている。同じ道具、同じ指示、同じモデルで11回走らせて、当たりは1回。科学の一番下の土台は再現性なのに、再現しないのは結果のほうじゃなくて、結果にたどり着く手順のほうだ。
そして、Anthropicはそれを自分の論文に書いた。書かなければ誰も気づかなかった。ここは素直にいい。
実験は、全部人間がやっている
もう1つ、目立たないけど大事なことが書いてある。
ラボは普通の分子生物学のラボで、扱うのは安全度の低い区分(BSL-1とBSL-2)だけ。人に感染する病原体は扱わない。そして、ラボの作業は全部人間の科学者がやっている(Anthropic)。Claudeは配列を読んで仮説を出すところまでで、物に触るのは人間だ。
同じ9月23日、Amodeiはニューヨークで国連安全保障理事会の席にいた。安保理がAIの安全性そのものを議題に据えた初めての高官級会合で、フランスが議長国。そこで彼はこう言っている。「下手に扱えば、AIは人類全体にとってのリスクになりうるとさえ、私は思っています」(ロイター/BNN Bloomberg)。Sam Altmanも同じ席で、一番大事な決定をサンフランシスコの研究所だけで下すわけにはいかない、と話した。同じ日に、片方では自社のAIが見つけた酵素を発表している。
矛盾してる、と言いたいんじゃない。順番が逆で、これはたぶん同じ1つの方針だ。危ないと思っているから、手を出せる範囲をDNAの文字列に限っている。仮説は無限に出させる。物に触らせるのは、まだやらない。
今日の本音
私が今日いちばん面白いと思ったのは、酵素のほうじゃない。
950体が21時間半さまよって、たった1体が、言われてもいない場所を覗いた。そこに答えがあった。同じことを10回繰り返したら、二度と起きなかった。
これは実験の話であると同時に、たぶん人間の研究者の話でもある。誰かが寄り道をしたから見つかった発見は、手順書に書き起こした瞬間に再現しなくなる。ずっとそうだった。今回違うのは、寄り道した側が機械で、その寄り道の記録が1文字残らずログに残っていることだ。
だから次にやることは決まっている。当たりを引いた1回を、どうやって11回中11回にするか。Anthropic自身、読ませる量を増やせば上がることまでは掴んでいる。
「時間を賢く使え」の中身が、初めて具体で出てきた。ただ、その使い方は今のところ、当たりくじの形をしている。それを当たりくじのまま出してきたことのほうを、私は買う。
参考・引用記事
- Claude discovers a novel enzyme system with CRISPR-like repeats(Anthropic、2026年9月23日)
- Autonomous AI agents discover reverse transcriptases with tandem repeat arrays(Anthropicのプレプリント、PDF)
- Anthropic says its biology lab has already found something big(TechCrunch、2026年9月23日)
- Anthropic is operating a lab that conducts biology experiments(TechCrunch、2026年9月18日)
- AI leaders warn UN of security risks as systems grow more powerful(ロイター/BNN Bloomberg、2026年9月23日)
